NOTEには思索記事ひとつを残し日記をすべてこちらに移動しました。
しばらく模索中のため様々な変更あり。
ここで再び、はじめまして。
名前を変えて新アカウントを作った理由と投稿の方針、今ある願いなどをまとめてみようと思います。
これまで、強い思い入れのあった本来の名前で投稿を続けていましたが、昨年とある方にとんでもない見当違いな圧力を加えられたのを機にアカウントを消しました。その後自作サイトにて同名で発信を続けていましたが、特異な精神性を持つ方々との交流を通して感受性に異変が起こり、人生最大の心身の危機に陥ってしまいました。救急搬送と退職で生活は一変しました。心が消えてゆく恐怖と不安と悲嘆で瀕死の二ヶ月間を過ごしたのちようやく回復を遂げ、新たな生き方を築くため再度ここを利用することになりました。
投稿の目的
概して言えば自己観測のためです。
過度な自己分析や自己探求をしないよう自分を見張る。程よい自己観察の記録を重ねる。わたしは過剰な内省傾向と自己変革欲求を持つ人間だったので度々精神不安定に陥ってきましたし、今回死を見る体験までしてしまったからです。
できるなら再び物語創作に没頭できるよう、安定した発信場、作品置き場、関連する雑記を保管してゆく。今現在は意識の変容が起きたため今後どうなるかわかりませんが、創作はずっと生命を維持する呼吸と同義だったからです。
昨年から今年の春まで、ここで書いてきた心理や精神の思索記事を発端に、異常な経験をして内面に様々な変化が起きました。精神不安定というレベルでは収まらない恐怖と悲嘆と不安に悶え苦しみ、命の営みを終了させる寸前までいきました。そんな危機のなか、このささやかなる生を今後も維持してゆくには何が必要かを悟りました。わたしにとって小説を書くことは、人間らしい欲求や活力と共にあるための、最も適した行為に思います。同時に、深層心理にまで到達する自己探求をしないことも必要です。自我のエネルギー(自己愛)を消滅させる精神の怪物をもう二度と目覚めさせないため、真逆の方向への推進力となる関わりが要るのです。
なぜここで?
自分で設置したWordPressで、内面世界を形に換えて自己観測所としていましたが、やむを得ぬ事情により再び閉鎖しようかと思っています。
数あるブログの中でここを選ぶ理由については、デザインが洗練されてること、集まる人々の倫理的リテラシーが高いように見えること、何より広告がないため書くことに集中できること、があります。
昨年まで書いていた記事
今現在は、自身が距離を置きたい分野をテーマとしているのですが、感覚処理感受性、高感受性などについて熱心に書いた記事を完全非公開にするには忍びなく、ネットの海の片隅にそっと置いております。特にHSPのシリーズは力作と感じています。(追記:後の記事にてこの記事のポッドキャスト風AI解説を音声でアップしますのでHSPの方、よければ聴いてみてください。)
マルチの特性
生死の境目を潜ったわたしは、今現在、世間の関心事、一般的な物事への興味などがとても薄くなってしまいました。ですが、過去の時間軸と繋がった発信場を一応記録しておきたいと思います。わたしの気質は、マルチポテンシャライトと言えるものでした。一つの分野にとどまることができず、創造性が関わる様々な活動場所を横断しながら生きる人。一定の回帰性を持ちますが、常に変化していくのが特徴です。創作活動だけでなく、内面も日常の行動も極端から極端へ日々変化していくかなり変わった人間なのです。そのため特定の居場所や仲間を持てません。
創作と日記の自サイト(追記:現在リニューアルのため休止中。)
音楽、イラスト、詩、写真、ライフスタイル系の過去ブログ、思索記事、日記や散文、文章サービス提供サイト、YouTubeチャンネルへのリンクなどを載せたサイトです。触手が多すぎて収集がつかない人生でした。
小説を書くために
実はnoteではなくTalesで発信できるのでは、と思っていました。そのためにここのアカウントを作らざるを得なかったのですが、いざとなるとTalesのホーム画面や仕様があまり好きではないことに気づきました。私のセンスには合いません。見た目へのこだわりが尋常でない自覚はあります。当面ここのみでやっていくと思います。
日本語がとても好きです。小説の文章表現に対して思うことなども今後投稿できたらよいなと思います。ココナラで数年間、同人作家様を対象に文章面から指摘アドバイスのサービスを提供していました。日本語の表現について思うことはたくさんありますし、語彙力、丁寧さ、緻密で豊かな表現力などはその人の思慮深さ、知性と感性の「密度」を如実に物語るものと考えます。
わたしはこれまで、あらゆる事柄に対して多数派の枠に入れない性質を持ってました。少数派の中のさらに少数派なのはデフォルトで、どれほど分析や研究をしてもどこにも属せない気質を持っています。何かと何かの境界に位置してしまうのですね。ですから作品を書くジャンルも何かと何かの中間のようなものです。また、昔から競争心や我欲というものが薄かったのですが、意識の変容を経験してからは輪をかけて興味がなくなりました。小説執筆と関わっていたくはあるものの、多くの読者を得たい欲はありません。注目されたい欲もないですし、出世欲、金銭欲、承認欲なども皆無です。社会や他者からの評価には関心がありません。作品は、ひたすら自分を観察するための存在価値です。とはいえ、完全非公開にすると意識がゆるみ、もう何も要らず何もしないとなるので、人間らしくあるために、このような発信場を利用したいと思っています。
生き方や考え方は誰とも分かち合えないのが常ですが、あわよくば、私のようにどこにも属さず、無欲かつ純粋に物語創作を愛する誰かとほんの少しの交流ができたなら素敵だと思います。また、書き手読み手にかかわらずわたしと同じような作風を好む誰かといつか出会えるなら、それもまた素敵なことではないかと思っています。
(追記:文章や物語創作の話はこのアカウントではしない方針に定まるかもしれません。精神面の記事を書いたあと関心ジャンルに開きがありすぎることを改めて思いみました。私はマルチポテンシャルゆえにチャンネルを変えて発信する方が相応しいのかもしれません。)
わたしの投稿に何らかの興味を持っていただけましたなら、いつでもお声をかけてください。とはいえ交流相手から不条理な監視をされた経験があるため、特定の呼称に敏感で他者との連帯感を重視する人とは関わりを持ちたくありません。本質を追求するのに「属する枠」など要りません。孤独と自由が一番です。